昭和52年1月23日 月次祭
                              中村良一


今日は、御本部から、典楽の会長をなさっておられる先生が、ご夫妻で、昨夜から、当教会に見えておられました。合楽教会の典楽を、まぁ見て下さろうと言う訳で、豊美が、古川の、大変、あちらでお世話になっとって、是非一遍、合楽におかげを頂きたいと言うておられたのが、まぁ実現したわけです。九州に見えられたのは、初めてだそうですが、もう、九州の印象、まぁ合楽での印象が、まぁ素晴らしかったと言う話からでございましたが、何でもその、稽古事と言うものには、やはり、厳しさと言うものがなからなければ、本当の稽古は出来ないという事を、今日私は、痛感いたしました。
朝の御祈念を、全員頂いて、それから、八時には、もう全部の楽器が、さぁっとこう、調子が合うてしもうて、稽古に入られる。嫁が、お昼の済んだ後に、お茶を差し上げようと言うて、あの申し入れたところが、お茶は要りませんと。笙に、あの笙と言うて、あれに、あの水気が入ったらいけないから、頂かない。もう、ぶっ通しで、四時までその、各楽器の、まぁ講義、それから実習を。もう今日一日、合楽の典楽に、二十、もう四五名でしょうか、の人達が、練習に、まぁ本式の練習をさせて頂いた訳です。そして、何でも、稽古事と言うもの、特に、芸事なんかと言うものは、手慰み的なものならいざ知らず。本当に、神様にお供えでもさせて頂こうと言うものならば、やはり、あぁあるべきだと、まぁ私は、行っても見ませんし、そこの横を、至りきたりするたんべんに、聞かせて頂くだけでしたけれども、その厳しさを、稽古事の厳しさと言うものがなかったら、本当の稽古は出来るもんじゃないという事を、まぁ実感しました。信心も同じこと、ね。もう、あの信心も、ね。今朝の御理解じゃないけれども、桜の花の信心。まぁ、言うならば、おかげ頂きの信心なら、それでも良い。けれども、本当に、力を頂こう、お徳を頂こうと言うなら、やはり、梅の花の信心でなからなければいけないという様な事を、皆さん、聞いて頂いた訳ですけれども、その、御本部から見えた先生方も、ご夫婦で、今朝の御理解をいただかれて、大変、感心されて、で、大変、おかげを受けられたと、という事を、終わりまして、夕食を一緒にさせて頂きましたから、大変、お神酒がお好きのお方ですから、お神酒の相手をさせていただいて、頂きながら、まぁ聞かせて頂きましたんですけれども。んー、豊美が、今度あの、まぁ、何と申しますかねぇ。典楽の、言うなら、先生になる試験を受けた時の話をなさっておられました。
今日、見えたお方達のお父さんが、去年までは、会長をなさっておられて、その後を受けておられる訳です。これは、典楽の試験と言うのは、全国の、いわゆる、有名な先生方が、もう、きら星のように集まられる。それが、全部、点数を入れられる訳です。ところが、その、いよいよ、豊美の番になったところが、あの人は、ちょっと慌てもんですから、一番初めから間違えたらしいんですよ。そしたらその、前会長であられる、今日見えた方のお父さんが、何かこう、付けられるものを、ポーンと、そこへ投げられたそうです。もうこれは、始めから駄目だと、こう言う訳なんです。豊美もそれに気付いたらしいんです。ですからもう、後はもう、糞度胸ですね。はっはは、で、その、まぁやった。
これは、大阪のある先生が言われるのに、もう、ただただ、最後まで聞き取れておって、その、点数をつけることを忘れておったという先生が、何人もあったそうです。ね。玄人が見ると、間違うたところが分かり、あそこは、ちょっと、正確ではないというところがあるけれども、問題は、素人を酔わせるという事が本命だと言うのです。玄人が分かるという事よりも、素人が聞いて、感動したら、それで良い。もうとにかく、最高の点数だったそうです。そん時に、私も驚きましたて。彼女が、こんなに素晴らしい、度胸のあるという事は知らなかったと言うて、まぁ豊美の前でしたから、少しはお世辞もあったかも知れませんけれども、とにかく、点数は最高だった。
久留米の原口先生が、こちらの、古川の若奥さんが、あの最高点で、先生の資格をおとりになられたという事を、わざわざ、言いに見えてんです、何ヶ月か前に。こっちは知らなかった。そしたら、なるほど、始めは間違えたけれども、後がね、その、まぁ素晴らしい。言うならば、点数を書くことの出来ないくらいに、まぁ、先生方を酔わせたという訳なんです。私は、それを聞きながら、はぁこれが、合楽の信心だなぁと思いました。
今日、こちらに見えるのも、大体、お泊りにならない筈じゃった。ところが、約束しておられたホテルが、どうか間違いで、取れなくなって、夕べ遅う、電話がかかって、こちらへ止めてもらうという事である。それから、夕べから今朝へかけて、そして、朝の御祈念を頂いて、御理解を頂いて、今まで、言うならば、噂に聞いておった合楽とは、大変に違うという事。それは素晴らしい、まぁとにかく、有難いことという事なんです。ね。あるところで、こちらのお話を、まぁ、恐らく悪い評判だったでしょうけれども、お聞きになった。ゴヒレイは、なかなか輝いておるけれども、あそこは、どこまでも、合楽教だと、ね。その言われたと。そして、初めて、その合楽教の素晴らしさに触れたと言うておられます。それを聞かせていただきながら、私も、色々、本当に感じさせていただいたんですけれども。ほんなら、そもそも、合楽教とは、どういう事なんだろう。今、合楽で、合楽理念という事が言われるが、その合楽理念が、今の金光教の信心の中に入っていかなければ、金光教の生きた働きはないのだと。いわば、合楽教が、金光教の中に入ってしまわなければ、金光教に、生き生きとしたものを持ち込んで、それは、ゴヒレイの立つ教会は沢山あります、まだ。ね。けれどもその、合楽の理念が、教団の中に入っていかなければ、金光教は、いわば、御取次ぎ成就信心生活運動という事が言われるけれども、如何に運動を展開したところで、発展するという事に繋がらない。人が助かるという事に繋がらない。問題は、人が助からなければならないのだ。そこでです、その、合楽理念の根本になるものは何だろうか。
先ほど、永瀬君が、初めて、彼の説教台での前でのお話と聞かせて頂いたんですけれども、ここでは、よく聞こえません。ですから、ところどころ、聞かせていただいたんですけれども、学院に行く時に、親先生が、親が拝めずして、神様が拝めんぞと言われたことが、ね。忘れられないけれども、その事が、どうしても、返しえなかった、分からなかった。金光教の信心は、ね。親が拝めずして神様は拝めないぞと。親が分からずして金光教の信心は分からんぞと。ね。それが最近、少しまぁ、分かりかけたような気がすると、お話をしておったようでございます。ね。そこで、親の信心を通して、親先生の信心が分かるという事。親先生の信心を通せば、ほんなら、どういう事になるかというと、天地の親神様の信心が分かるという事になるのではないでしょうか。私の信心、それは、生まれたときからの信心ですけれども、いよいよ、信心に、これではいけんと、拍車がかかりましたのは、何と言うても、私が、北京から引き揚げて帰ってまいりましてから、この方であると思います。ね。北京に十年、あちらへ渡ります時の、そもそもが、ね。勿論、酒屋と言う商売が出来なくなりましたから、あちらへ移ったんですけれども、ね。ただ、本当に、親に孝行したいという一念が、いわば、北支辺りまでも、出稼ぎに行ったんです。それが、一時、これで親孝行が出来るかに見えたんですけれども、それは、戦争が始まり、そして、敗戦と言う、惨めな事になってまいりまして、私共一家が、裸で引き揚げて帰ってきて、年おった、年寄りにです、もうこのまま年寄りが亡くなりでもしたならばです。もう、目も当てられんなと思いました。そこで、私が本当に、親に安心させ、喜ばせ、ね。親が喜んでくれたならば、なら、ね。親が生きてる間に、その喜びを与えなければ、ね。と言うような願いを立てまして、親が亡くなりましたら、明くる日から、またほんなら、私が繁盛するとするか。親が亡くなって、大変、孝行ができた。そしたら、親が亡くなったら、明くる日から、また、没落しても構わんから、親の居る間に、どうぞ、親に安心が与えられる、喜びが与えられるおかげを頂きたいというのが、そもそもの、私の、信心に打ち込んだ動機でございました。ね。勿論、それから、段々打ち込んだ。打ち込むと信心が分かる。分かったら、もっと、肉親の親よりも素晴らしい親のある事が分かってきた。教え親であり、ね。同時に、教団であり、天地乃親神様であるように、段々、親神様の心が分かってきた。言うなら、今日、永瀬君が言っておる、親の心を通し、親の信心を通して、親先生の信心が分かりたいという、それなんです。
今日、午後の奉仕の時、一時の御祈念が済んでからだったでしょうか。福岡の松岡さん達が、一番下の娘が、この頃、去年ですか、嫁入った。そして、子供が出来た。今日は、その子供の初参りです。佐賀のほうから、その嫁っている所の親御さんと、それから、ご兄弟と、自分の兄妹と、今日は自動車二台に分乗して、みんな正装してお参りして見えました。言うならその、孫の初参りだという訳なんです。それで、私が奉仕いたしまして、お届けをさせて貰うて、その後にまぁ、みんなに、聞いて頂いたことでございましたけれども。子供が可愛くないという親はありません。ね。ですから、どうでも、子供が幸せになるようにと言う祈りを、願いを持つのだけれども。そんなら、その可愛ゆうてたまらんのだからと言うて、ほんなら、子供に付いて回るわけにはいかんのです。ね。
今日も、北野の秋山さんところの孫が、久留米のほうの孫が、三つか四つかなります。遊びに行ったなり返ってこん。もう、三時間も帰ってこん。さぁ、大騒動になってからその、てんやわんや、あっち探し、こっち探しさして貰った。それで、電話でお届けがあった。直ぐお届けをさせて貰うた。そしたら、すぐ帰ってきた。ね。親が、どんなに可愛い子供だからと言うて、孫だからと言うて、ほんなら、付いて回る訳にはいけないでしょうが。ね。ほんなら、学校へでも行くようになったら、尚更のこと。ほんなら、大きくなって、子供が東京に行くち言うたら、ほんなら、あんたが行くなら、私も着いて行くという訳にはいかんでしょうが。ね。それにはね、天地金の神様の御守護を受けるより他にないんだと。天地の親神様のお守りを受けるより他にないんだと。そのお守りを受けて居ると思うから、親も安心で、子供もおかげを頂くのだ。ね。そこで、ほんなら、その親神様に守って頂くという事の為に、親神様の心が分からなきゃいけない。それを、まぁ、現代風に言うならば、天地の心、天地の法則を分からなきゃいけない。それを、教祖は、天地の道理と説かれた。だからその、天地の道理が分からなければいけない。そこで、その天地の道理の、第一番のものは、どういう事かというと、ね。親が子を思い、子が親を思い、親と子とが、ね。拝み合うていくと言う生活なんです。いわば、子供が親を大切にするという事なんです。
今日は、松岡さん達も夫婦来とる、それから、佐賀の親も来ておる。それで、もう、初めて参ってきた、その親御さん達が、親を大切にすると言うたから、もう本当に、目を輝かして、ね。例えばほんなら、その息子のほうは、ね。親を大事にする。嫁のほうは姑親を大事にする。ほんなら、娘婿は、ほんなら、松岡さん達夫婦を大事にするという様にです。大事にし合うところから、拝み合うていけれる。撫でたりさすったりする事じゃない。問題は、心で大事にするんだ。心で大事にさせて頂くという事になったら、自然と手も出る、足も出てくるんだ。心で大事にせにゃならんと思うたら、それが、形に表れてくるのが親孝行なんだ。ね。そこで、親が安心する、親が喜ぶ。これが天地の道理の第一なんだ。親を大事にせにゃいけませんよと言うて。
ちょうど後ろに、桜井先生が居られました。桜井先生が、今日、ご夫婦で、お届けになったことを、私は、聞いて貰うた。あちらの知り合いの若い青年の方が、親と断絶の状態にある。ね。そこでまぁ、その人たちが、具合よう行くようにと言う、桜井先生達夫婦でお届けをなさった訳でしたけれども。どういう事で、その親に反発をするかと言うと。昨日、息子が来て、いろいろと話します。ね。と言うのはね。その、桜井先生が知っておられる成年の、お爺さんか、お婆さんか、お父さんだったでしょうかね。が、何とかという癌になられた。ところが、その癌は、人に移るという事だそうです。そこで、部屋を別にして、もうそれこそ、オカワ一つ取り替えてやらなかったと言うのです、お母さんもお父さんも。僕は、子供ながら、それを見かねてです。子供ながら、そのお爺さんの尻さらえからさせて頂いた。僕は、その時から、親に反発をしだしたと言うております。これは、桜井先生の、今日のお届けなんですよ。ね。そしてですよ、ね。自分は、例えば、親の尻ざらえ、いっちょ、せんでおいて、親孝行はせんでおいて、ほんなら、子供に親の言うことを聞け、親の言うことを聞けと言うて、聞くはずがないじゃないか。親と言うものは、こんなにも大事にしなければならないものだ。ね。親と言うものは、こんなに大事にするんだ。先祖は、こんなに、尊ばせて頂くんだという事を、自身がして見せておかなければならない。ね。それに、親の尻ざらえ、いっちょ、せんでおいて、子供に、親の言うことを聞けというような事で、いわば、子供が言うことを聞く筈もない。僕は、その時点から、親を信用しなくなった。親を、言うならば、言うことを聞かぬようになったと言うて、大変、子供ながらも嘆いておった。親不孝するという事も、子供のためですね、やっぱ。だから、親がね、親孝行してもらうような親にならなきゃ駄目ですよ。うちの親だけは、もうとても、粗末段されんと言う親にならにゃ駄目ですよ。そこに、親子の幸せがあるです。ね。子供も、言うなら、親孝行が出来ないことが悲しいんです。ね。
そういう話を、今日は、その松岡さんとこ、一家一門の人達に聞いて頂いた。神様にね、あの、私は、初参りのときには、必ず子供を、あのこう、紋付を親の里から送った。それを着せてきた。そして、それを着せて、ここで、御神前に、その子供をお供えして、それから、まぁ子供の行く末のことから、色々、お願いさせて頂いたら。その人の紋は、何と言う紋でしょうかねぇ。金光様の紋は八つ波ですね、こう、八つ波。ところが、その紋はね、六つの波なんです。そして中に、何とか、梅鉢が入っておるような紋でした。神様にお願いをさせて頂きよりましたらね。夫婦の者が、信心させていただくと、言うなら、夫婦の者が信心して、天地の道理を分からせて貰い、天地の御恩徳を分らせて貰い。御恩徳に応え祀る生活が出来るようになり、道理を分からせて貰うて、道理の第一は、言うなら、親孝行せねばおられんという心が出来てくる。信心によって、二人の者が親孝行をする事になると、これに波が二つ付くわけです。六つに二つ付くから、八つ波になる。この八つ波の中に、その子供の一生があるという事になるのですから、親も安心。どうでも夫婦の者が信心させて貰うて、子供の行く末を、幸せを願うならば、ね。子供を守って頂きたいと思うならば、そういう信心をさせてもらわにゃいけん。その信心の第一は、何と言うても、親を大事にするという事だよという事でございました。
これがね。私は、合楽理念の根本になるものだと思うのです。ね。だから、永瀬君が、ほんなら、学院に行く時に頂いたように、親が拝めずして、神様が拝めるか。親を拝むという事はどういう事だろう、分からなかった。けれども、親の思いが、少しは分かり出してきた。親の心が分かり出してきた。ね。親の信心を通して、親先生の信心を分かりたいという。もちろん、親先生の信心が分り出したならば、ね。言うなら、合楽理念が分かってくるだろう。そこには、天地乃親神様の、いわば、御恩恵が受けられる信心が生まれてくるのは、理の当然である。ね。親、天地の親神様、ね。金光大神様、そして、親先生、そして肉親の親と。ね。信心の、いわば、これは、真の信心の根本になるものです。もう、合楽理念の根本です。ね。
親のないという子はおりますまい。天地の親神様の御恩恵を浴してないという者は、一人もありません。それを、ただ、知らんだけであります。親の心が分かり、親の思いに添わせていただく信心になってくるところから、いうならば、天地の親神様のお心が分かるようになり。天地の親神様のお心が分かるようになると、そのお心に添わずにはおられない事になる。そこから、本当の信心修行が始まる。おかげを頂きたいでお参りしておった人達が、段々、桜の花の信心から、梅の花の信心に変わって行って、ね。信心の稽古という事になる。
只今、寒行の真っ最中でございます。後十日あまりで終わります。一日でも良い。お参りが出来ない方は、あの朝の、寒の中に、皆さんが、一心不乱に修行をしておる、あの姿に、一遍でも触れて、合楽の信心を、そこから分からせて頂いたら有難い。まだ、お参りが出来ない人は、何とか工夫してでも、ね。出来ない人は、前の晩から、一遍、ここに泊まらせて頂いてからでも、その朝の御祈念の雰囲気に触れさせて貰うて、信心修行のです。少し、厳しいところを一つ、分からして貰わなければいけない。稽古事には、もう、厳しさを欠いたらもう、稽古事にはならん。もう道楽である。ね。ましてや、あの世にも持って行けれる、この世にも残しておけるというほどしの、大変な事なのですから、ね。お互いが、おかげを頂きたい。そしておかげを頂きたい。おかげを頂く、ね。そしたら、そこに留まらずに、今度は、信心を頂きたいという。そこには、信心を頂きたいというところには、必ず、稽古が要る。ね。その稽古には、甘い信心ではいけん。やはり、眠たい、寒い、けれどもそこを、押し通していくうちに、眠い、寒いという事が、信心の修行にもなり、ね。なるほど、信心修行の厳しさも分からせて頂いて、ね。心の中に頂けれる、安心の喜び、信心の喜びを頂かせてもらいたいと思う。その、今日は、根本になるところです。私は、永瀬君のお話を聞きながら、今日、松岡さんの所のお取次ぎをさせていただいた事と、ね。桜井先生から、今日、お取次ぎをさせていただいた、親と子の断絶のことやら、また、親が、子の事を思わない親はない。どうぞ、幸せにと思うておっても、それこそ、秋山さんところの孫じゃないけれども、付いて回る訳にはいかんのである。もう三つにもなりゃ、もう、自分一人で、とっとと遊びに行くのである。そして、おらんごつなったと言うて、大騒ぎせんならん。ね。それよりも、天地の親神様の、どこにおっても、おかばいを受け、御守護を受けておれれることを、喜ばせて貰えれる信心。それを、欠くと、自分の心の中に、信じられる信心をさして貰わなければいけません。
信心は、信ずるという事。信ずるという事は、疑わないという事。疑わないという事は、どういう事があっても、疑わないという事が信ずるという事であります。ね。そういう信心を、いよいよ、本当なものにしていくためには、やはり、厳しいと、まぁ、信心する者は、もう朝早うから、もうとても、あげな事は、とても出来んと、信心のない者は、そげん思います。けれども、信心が、段々、身に付いて来る人は、それが楽しいのであり、有難いのである。そういう有難い信心を身に付ける。その、いうならば、天地の親神様の、いや、お心の第一、言うなら、道理の第一は、ね。親のない者はおらないように、その親を、いよいよ、拝めれる信心にならせて貰う。親が子を拝む、親と子とが、あいよかけよで立ち行く世界。そこから、神様と、私共の、あいよかけよの世界、いわば、合楽の世界が開けてくる。合楽教の、いわば、根本なのです。しかもその、合楽教がです。本当に、教団の中に、この頃、御大祭の時に、その事を頂きましたが、ね。入って広めると仰るのですから。今の教団の中に入らなければいけない。そういう働きがです。今日、いわば、普通で、とても来て貰える筈もない、本部の、そういう楽の会長と言われる方達がご夫婦で見えて、合楽の信心を、つぶさにとはいけないけれども、昨日から、今日にかけて、合楽の信心に触れられて、皆の真心一杯に触れ、それこそ、これは、御本部でもこういう楽の練習の風景は見られないほどしに、真剣なものであった、充実した稽古であったというて、まぁ、言うておられます。ね。
金光教、いわば、合楽教会なのですけれども、それが、何とはなしに、合楽教というふうに言われるようになってるけれども、その合楽教の、いよいよ素晴らしいものが、金光教の芯をなすことになってこなければ、教団の発展もありえない、と、まぁ言うならば、偉そうな事を言う様ですけれども、その、ほんなら、根本になるものは、先ず、私がです、ね。この親に、ね。このまま、親に死なれたら、目も当てられんと思うた。親が、生きておる間に、どうか安心させたい、喜んでもらいたい。もし、親が死んだら、明くる日から、また、元の木阿弥になっても構いませんと言うくらいな願いを立てて、私が、本気で信心に打ち込ませて頂くところから、親のまた親、またその親が分かるようになり、今日の合楽のゴヒレイをなしておるのでございます。どうぞ。